中尾彬さんの生前整理・終活まとめ

中尾彬さんと志乃さんが夫婦で取り組んだ生前整理についてまとめました。どのような事をしたのか、コツはあるのか、といったところを参考にしてみましょう。

俳優・中尾彬の終活

中尾彬・終活済みと公言

styleplus_thk / Via instagram

俳優の中尾彬さん(76歳)は、各種メディアで終活を行なった事を公言しており、自身の経験を元に「終活俳優」として終活の大切さを世間に力説し、その普及に尽力しています。

また、2018年4月27日に中尾彬さんと池波志乃さん夫婦の終活エピソードを著した「終活夫婦」というタイトルの本を講談社から発売しています。

プロフィール・略歴

「龍馬伝」、「GTO」、「アウトレイジ ビヨンド」など数々の映画やドラマで活躍している日本を代表する大御所俳優。妻は女優の池波志乃。

元々は絵の道に進む予定で、武蔵野美術大学の油絵学科へ入学するも、「日活ニューフェイス」に合格した事をいキッカケに映画の道に進むことに。

そういった経緯もあり、趣味で千葉県と沖縄県にアトリエを所有していました。また、マフラーをぐるぐる巻いた通称「ねじねじ」がトレードマークとして有名。

終活に取り組んだキッカケ

キッカケは病気

中尾彬さんは、今から11年前に、大病・横紋筋融解症で倒れ、医師から生存率は20%と告げられたという。また、時を同じくして妻の志乃さんも難病・フィッシャー症候群を患い、さらに、中尾さんの母もこの世を去るなど立て続けに嫌な出来事が続き、この頃から志乃さんの心の中には「身の回りの事を整理しなければ…」という思いが芽生えたそうです。

しかし、志乃さんは、すぐに中尾さんにその思いを告げるような事をせず、それから5~6年経て病気で苦しんでいた時期を忘れかけたぐらいの時に、終活について中尾さんと話したそうです。

いつ終活の話を切り出すべき?

中尾さんは、病気で苦しんでいた当時を思い返し、あのタイミングでもし志乃さんが「終活」について切り出されたら気が進まなかっただろうと答えており、自身の経験から、夫婦で終活の話をする時は、「どちらかが弱っている時」は控えた方が良いとアドバイスしています。

作業期間

何回にも分けて片付けた

著書「終活夫婦」の刊行記念トークショーで、妻の志乃さんは「みんなは終活で慌てて全部をまとめて片付けようとするから大変になる」と語っており、彼らは、一回で作業をするのではなく、何回にも分けて長期的なスパンで終活を行った事を明かしています。

片付けたたもの

中尾夫婦は、終活で主に以下の物の処分を行っています。

・本類

・アトリエ

・ねじねじ

・衣装・骨董品など

本類は書店に売却

当時中尾さんの家には、多数の本があり、3軒に分けて保管していました。終活を行う際は、捨てるのは嫌だという事で、所有している本を「料理本」、「映画の本」、「推理小説」といったように分類し、本屋さんに売却したそうです。

アトリエも売却

冒頭にも述べたように、中尾さんは千葉と沖縄にアトリエを所有していましたが、終活の際に二つとも売却しました。

中尾さんのアトリエは、窓ガラスが特注で、修理に500万円はかかると言われた事をキッカケに「修理して使うか?それとも売ってしまうか?」考えるようになったとのこと。

その後、アトリエを売ろうと不動産屋で査定を依頼した結果、マイナスにはならない事が分かったので、そのまま売却に踏み切ったそうです。

ねじねじは半分に…

中尾さんのトレードマークの「ねじねじマフラー」は志乃さんの手によって200本処分されて、現在は200本ほど所有しているとのこと。

また、今でも新しいねじねじを購入することもあるそうですが、以前のように「あれもこれも!」という感じではなく、良い物を厳選して買うようになったと語っています。

衣装・骨董品など

骨董品、絵画、高級食器、写真、衣装なども処分しています。写真は1万点以上あったとのことですが、その中から厳選して40枚だけ残したそうです。

また、志乃さんが来ていた衣装は二束三文にしかならず、何百万円で購入した毛皮は数千円という価格で買い取られたとのこと。

中尾さんは、何かあった時に金になるだろうと思っていた数々の高価な品々に大した値が付かなかった事に対し、「時が経つと価値は無くなるのか…」とショックを受けたと話しています。

その他に行った事

中尾夫婦は、終活の一環として、以下のような事も行っています。

・遺言の作成

・お墓の建設

遺言の作成

中尾さんは、1984年に放映された映画「お葬式」についてのコメントの中で、「死んでしまったら自分の意思を伝える事はできない。残された人達のために遺言書を書き残して置くことはとても大切なことだ。」とコメントしており、終活を始めるにあたって、まず真っ先に遺言を書くことから取り組んでいます。

お墓の建設

中尾さんは、終活の一環として東京の谷中に自らデザインしたお墓を建てました。彼のデザインしたお墓はとても独創的で、普通のお墓のように立ってるのではなく、角のない石を横にして三段に重ねた構造に、本人直筆の「無」という文字が刻まれたつくりになっています。

このようなつくりにした理由として中尾さんは、「日系アメリカ人の彫刻家・イサム・ノグチのような石の彫刻を作ってみたかったため。」と語っています。

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